☆4回生前期の目標★

・要卒単位全取り
・Reuniv
・編入試験

Kyo Naviはこちら→Kyo Navi

知識蓄えblog→反駁するためのblog



2006年02月28日

中途半端からの脱却。

mixi日記と内容一緒。


まず初めに、ライブキッズ、Reuniv、SASその他諸々、私が関係している活動に関わっている人への謝罪から。






すまみせん。













違う。すみません。

あ、まじめに書こうかと思ってたんだけど、それだと堅くなりすぎるような気がするので、まぁ、あえて。


なんというか、BGMはBeethoven 交響曲第9番「合唱」第4楽章でいきます。



今日、10日ぶりくらいに自分のために外に出る気になりまして。

チャリで四条まで。新しくBALに入ったジュンク堂まで、ぶらぶらと。


その道中に、どぅぁっと気づきまして。


今の自分には必死になってるものがないな、と。


なんというか、「勉強」を理由になにもかもが中途半端なんじゃないか、と。


しかも、「勉強」までもが中途半端。


2月の前半からルーズになりつつある生活スタイルを見ても、なんというか、中途半端であったことが原因かな、と。

で、半ばには哀しい出来事もあって、そのときには「ちゃんとしないと」と思ったけども、また元の生活スタイルに戻ってしまった。


これやらなな、あれやらなな、と思いはするけど、手をつけてない。
卒論に関する調査で、小学生が春休みに入ってからやろうと思ってるのに、そのことに関して教授とお話もしてない。
ライブキッズの開催告知プロモやらなな、と思ってても、なんというか動いていいんやろか、っていうのを理由にして動いてない。
Reunivに関しても、Kyo Naviつくらな、って思ってても実際できてない。
SASに関してはこうしったらいいんちゃうん、的なことは考えてはいるけども、ミーティングにも行けないし、しかもSAS自体にも最近参加できてない。


なんじゃこりゃー、とチャリこいでて、できてないことばかりが出てきて。


たしかに1月末から引いてる風邪は治らない(というか風邪のぶり返しが続いてる)し、咳がかなり出てしんどいときもあるけど、これだけ何もかもに一生懸命になれないのは、ちょっと自分的におかしいんじゃないか、と思い始めた。


ちなみに部屋の片づけもやらなあかんのです。しかしできていない。今手をつけ始めたけど。日記書いてるけどw



んで、主な要因は「1番」がないことかな、と。


今、自分がせなあかんことは編入のための「勉強」であって、他の活動はそれより下なんだ、と位置づけてきてた。


そこが、あかんかったかな、と。



ライブキッズも
Reunivも
SASも
卒論も

1番じゃない。


そう思ってることが、これだけ中途半端に関わることになった一番の要因なんじゃないかな、と。



最近、編入のための「勉強」って何やろう、と考えていて。

編入をうけつけてる大学のHPやらを見て、求められてるものは何かな、と分析(というか分類)してみたら、ウチが受けようとしてる個性重視の大学は、やはり多彩な考え方や感じ方を持っていて、そして大学4年間で何を学び、どうやってそれを医学に活かしたいのかをちゃんと考えることができないとダメなんだろうな、と感じた。

じゃぁ、生物やら英語やらの学力試験はおろそかにしてもいいのか、と言われるとそうでもない。ある一定の学力は必要であり、そこでふるい落とされる。なんとか面接まで持って行くにしても、学力試験はなんとしてもクリアしなきゃいけない。

じゃぁ、ある一定のレベルにまで持って行けばいいことじゃないんだろうか。

じゃぁ、
編入のための「勉強」を1番に持ってこなくても、2番あたりに置いて、コンスタントに的をしぼってやっていけばいいんじゃないか。


と、四条までの30分間、そしてジュンク堂でぶらぶらとフロアをまわりながら考えた。


だから、編入のための「勉強」は、生物の大学受験用問題集の標準レベルを1冊とりあえずやるのと難レベルの1冊を2,3回やること、TIME紙を速読したあと、訳すこと、の2つに絞ることにした。

あとは、志望理由書を書くことと、小論文を書く練習をすること。
これは4月からで間に合う。


ということで、Reunivの活動に重きを置いて、4月いっぱいまでやっていこうと思う。

1.2番でライブキッズ。
泣いても笑ってもあと2週間を切ってしまっているので、当面はこっちを優先させる。


なので、SASは人数も足りてるようなので、補充メンバーになりたいな、と思ってる。でも、これはまだ代表に相談もしてないし、そこは相談してから決めるとして。



ということで、さゆっぺは中途半端から脱却します!
posted by sayu at 00:01| 京都 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月17日

長山徹という人

故・長山徹(53)

こんな人だったんです。


長山徹を端的に表す言葉
・関東弁
・白いポロシャツ
・白いGパン
・ウェストポーチ
・PDA
・サングラス
・アメリカンコーヒー
・社会科準備室
・Mac
・生徒の前では吸わない煙草
・教え子の前で時々吸う煙草
・裸足
・馬鹿だね〜
・隙がない理論
・自分を飾らない
・取り繕わない
・良く言って正直,素直、悪く言って頑固
・教え子を時々名前で呼ぶ(名字じゃなくて)
・神




初めて会ったのは、たしかプール。

パラソルの下でサングラスかけて帽子かぶって、本を読んでる、そんな感じ。

高校水泳部の顧問、っていうのだけ知ってて、当時は1,2コースに割り当てられてた中学水泳部のコースで泳ぎながら、関東弁でしゃべる奇妙な先生、そう思ってた。


高校に入学して、はじめての政経の授業。

担当は長山。教科書は使わない、教科書通りのことはやらない、これは現社だ、などと言い放ち、「君たち馬鹿だねぇ」をくり返す。

私はそれに反発を覚えたことはなかったけど、そう言わせないように、そう言われないように、なにくそ、とは思っていた。

1組の担任でもあり、「嫌いな先生の科目をしっかりやったら、何も言われなくなるんだよ」と言って、1組の政経の平均点が一番上だったことを笑いながら言ってはったのを覚えている。

政経の授業でやったMESE。市場のなんたるかを身をもって理解できる素晴らしい教材だった。


みんなに一歩遅れて5月に水泳部に入部してからも、中学の頃に感じた通り、奇妙な顧問だった。

自分たちで勝手にやれ、とばかりにプールサイドでは本を開ける。

「水の中往復して何が楽しいの?」と、水泳部員に言い放つ。いや、まぁ、楽しいんですけどね?

高1の秋季大会、いわゆる新人戦の時に遅刻。。。2コンか4コンかに出場する予定やったワカコが、顧問不在のせいで出れへん!どないしよ!って中でミカリン登場で、ギリギリセーフで出れた、なんて話が1つ目。

高3の春季大会、いわゆる高校総体の時に遅刻。。。男子のリレーが、顧問不在のせいで出れへん!どないしよ!って中で、前年度副顧問やったコンちゃんがたまたま太陽が丘担当やって、ひっぱってきてギリギリセーフで出れた(たしか出れた)、なんて話が2つ目。


高3時、理系倫理担当。

女性のウェストヒップ比、アスワンハイダム、磯焼け、水俣病、シュレディンガーの猫、そして超常現象。

どの題材もおもしろかったし、楽しかったし、なによりも、考えさせられた。

今でも覚えてる。

高校最後の学年末テスト。

理系倫理のテスト内容。

長山批判。


自分を批判しなさい、なんていう先生はいるかもしれないが、それをテストの課題にする先生なんてどこを探してもいないと思う。


そんな人だった。

顧問としてどうとか、教員としてどうとか、そんなことはどうでもよくて、人として、長山徹という人は教師だった。

理系倫理の授業では、「答え」はなかった。

それぞれ考えて行き着く先が「答え」

そういう授業だった。



卒業の時にもらった木村賞。

学外活動を結構していたからもらったのだけども、それを進言してくれたのが、先生だった。



卒業してからも、メールや、掲示板でやりとりは続けていた。

年に一度のOB会が楽しみだった。



とーまがblogで、柏野が「死んだらあかん人」と言っていた、と書いていた。


そう。ほんまに、死んだらあかん人や。。

これからの立命に必要な人だった。

これからの日本に必要な人だった。

教育者たるべき者すべてに彼を知ってもらいたかった。



そして、崩しようもない長山理論をまだウチは崩してない。


それだけじゃない。


まだまだ、聞きたいことはたくさんあった。たくさんあったのに。。。



この人に認めてもらおう、褒めてもらいたい、卒業してからもそう思ってた。

すごいことには、すげーじゃん、やるじゃん、なんて言う人だったけど、あまり生徒を褒めない人だった。



大きくなって、高校に報告しに行って、世間話をしたかった。





とりあえず、これくらい。

また、思い出して書くと思う。
posted by sayu at 23:14| 京都 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月21日

22歳の抱負。

というわけで、22歳になりました〜☆

ゾロ目ですよゾロ目。

人生で2度目のゾロ目。

11歳の時は別になんにも気にしませんでしたが、22歳は少し気になりますね〜。ゾロ目。



生まれて22年かぁ〜。すげぇなぁ。

今、目下の不思議事は受精卵からなんで人間(というか生物)ができるんだ!?ってことなんですが、おとんとおかんの精子と卵子がくっついて、育っておぎゃぁって泣いて、そして22年も生きてる。

これこそが不思議。摩訶不思議アドベンチャー(違


で、だ。

とりあえず、22歳になったので、23歳に向けての抱負なぞ、語ろうと思うわけです。

あ、歳くうことにあんま嫌な気はしてないですよ。成長していく証なのです☆誕生日は♪

語るっていっても、そんな長くはならないですからね〜。まぁ、見てやってください☆


Read more☆
posted by sayu at 16:35| 京都 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月05日

結局。

ウチ自身は結構弱い人間だと思うし、それは認めていかなきゃならない。認めた上で、どうするかを考えればいいこと。



裏表のある人間だし、認められたい人間だし、負けたくない人間だし、むかつくことにはむかつく人間だし、イラつくことにはイラつく人間だし、悪態つく人間だし。


けっして完璧なんかじゃない。



完璧な人間を目指したコトもあったけど、そうじゃないな、と思うんだ。


誰もがこうありたい自分、ああなりたい自分、ってものがあると思うんだけど、それだけしか見えない人もいる。



自分の欠点・短所を見据えて、それをどう克服するか、それが重要なんじゃないかな。


理想だけを追い求めるのは、誰でもできる。



自分の悪いところ、隠してるところ、それを自分で認識して、長所に転換することができれば、また一歩なりたい自分に近づくんじゃないかと思う。
posted by sayu at 21:42| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月14日

ホワイトバンド

まぁ、いろんなところでいろんな議論を呼んでますよね。ホワイトバンド。

300円のうちいくらが原価で、いくらが広告費で、、なんてのはどうでもよくて、ホワイトバンドのすごいところは、3秒に一人子どもが貧困で死んでいることを人々に知らしめたことでしょう。

事実を事実として大衆に伝えるのは、結構難しくなってると思うのですよ。

いろんなメディアがあるし、どこからでも情報が手に入るし。

ただ、情報があふれてるから、その人自身が望まない情報はその人には伝わらないわけで。

そういった中で、この情報をすっごいたくさんの人に伝えたってのは評価すべきことなんじゃないでしょうか。


ま、ただ、300円を寄付した気で買ってる人にとって、実は・・・ってのは気にくわないですが。


とりあえず、意思表示したあと、どうするか、が問われますね。
posted by sayu at 01:55| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(2) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月13日

選挙。

9月11日でしたっけ?

どこの政党を応援してるとかはないです。

まぁ、でも、民主党が政権とってもおもしろいかな、とは思います(笑


なんというか、今回はおもしろいことになってきたな、とは思うんですよ。

だって、どろどろさ加減がかなり表に出てるじゃないですか。


前回の選挙の時に自民党が(というか小泉さんが)郵政民営化を一番にあげていて、その法案を国会で通そうとして自民党内で分裂して否決されたっていう。


その法案に反対した自民党議員が党の公約なんてどうでもいいねん、みたいなところを出したことになるじゃないですか。


小泉さんが郵政民営化郵政民営化って口に出すのはどうかと思ってるんですが(首相だしね。首相にはなんの決定権もないしね。)、郵政民営化はやっていいと思うのですよ。

だからといって自民党支持してるわけじゃぁありませんよ。

腐敗しきった今の政治家の温床は大嫌いです。

金と力でなんとかなると思ってる輩は大嫌いです。

社会保障をどんどんカットしていく方針には反対です。


なんていうか、政党の出す公約に魅力が感じられないんだよなぁ。。。

いまいちパッとしない。




障害者自立支援法案はどうなるんだぁ・・・・。

年金問題はどうなるんだぁ・・・・。



いったいウチらはなんなんだろうね。
posted by sayu at 01:58| 京都 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月14日

いろんな活動から得るもの。

下腹が痛いです。シクシクと。。。

寝ころんでたり、座ったりしてると治まるんですが。

立ってたり歩いたりしてると、シクシクと痛みだします・・・なんでだぁ。

明日も痛かったらあさってお医者に行きます。かかりつけのトコ。



さておき。

なんか、過去のブログを読み返したりなんかしてたんですが。おもに2005年3月。

いやぁ。LIVE KIDSとりあえず終わって、いろいろ自問自答してた時ですな。

3月っていうのはウチん中ではいろいろ自問自答する月な気がしますね。あ、いろんな変わり目だから、それはそれで変じゃないか。


まぁ、なんというか、口に出さないと伝わらないことばかり、なんですよね。

一つのことに向かってチームで動いていくことに関しては。

人の気持ちを推し量って行動して、最悪な結果を招く、なんてこともあるわけですから。


ただ、これは聞いた話ですが、映画業界とか、一つの映画を作るのに、いろんな立場の人が関わるわけですが、そういったところでは、口に出さないそうです。不平不満とかは。作ってる最中は。

んで、作り終えて、ぱーっと一杯行こう〜って、その行った先で、お酒が入った中で、初めて出すんだそうです。制作過程であった不平不満なんかを。

たぶん、一つのものをつくるのにそれだけで集まった人たちだから、そうなるんでしょうね。

作ってる最中に不満ぶーたれてたら、その仕事進みませんから。


でも、LIVE KIDSにしても、Re-univにしても、ウチが関わってる活動に関しては、そうじゃない。

たぶん、進まない時期があってもいいんだと思う。

それくらいぶつかってぶつかってぶつかって。

人の気持ちを害するだけで終わる喧嘩はするべきではないけども、お互いを昇華させる喧嘩はするべきなんだと思う。



ぶつかることから逃げない。



それが、学んだことの一つかなぁ、、と思う。
posted by sayu at 03:08| 京都 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月14日

放送禁止歌


放送禁止歌


放送禁止歌、というものがあるのはご存じでしょうか?

是非ともこの本を読んでいただきたいので、中身は割愛しますが、例えば放送禁止歌の中にはザ・フォーク・クルセターズの「イムジン河」や赤い鳥の「竹田の子守唄」などがあります。


ちょっとだけこの本の内容に触れますが、実際には放送禁止を取り決めたものはないんですよね。ガイドラインがあるだけで。しかも、そのガイドラインは今から17年前に無効となっています。

著者はテレビディレクターでもある森達也氏ですが、森氏が深夜番組の中で放送禁止歌をとりあげる経緯からその後までを記した作品となっています。


フォークソング全盛期であり、学生運動の全盛期でもあった1960年代から70年代にかけて、次々と発表された唄たちが、なぜ放送禁止になったのか。


このことに言及しながら、日本では一番のタブーとされてきた「部落問題」について触れている。



赤い鳥によってブレイクした「竹田の子守唄」。

この歌は、被部落差別地域である「竹田」で歌い継がれてきた曲が原点となっているのを知ってましたか?


部落で歌い継がれていた曲、ということで放送禁止扱いされてきたこの曲。




私が映画「パッチギ!」に興味を示し、部落問題について色々感じることがあるのは、京都に住んでいるからであり、父が「パッチギ!」の舞台となった東九条に住んでいたからであり、私の住んでいる地区の隣が竹田地区だからである。


京都に住んでいる限り「部落問題」とは切っても切れないものがあると考えている。

それほど、私にとって「部落問題」は身近なものである。



私が小学生の頃(おそらく歴史の授業があった5年生の時だと思う)に、そういった「部落」のことを知った。しかし、学校では詳しいことは習わず、直接部落とはなんなのかを知ったのは親から聞いたことであり、夏休みにやっていたテレビアニメからである。


前述の通り、父は東九条に住んでいた。「パッチギ!」を観に行ったあと、父に「イムジン河を知ってるか?」と質問したら、「フォークルが歌う前から知っていた」と言われた。父が通っていた小学校は、在日の子供たちと日本人の子供たちが半々くらいだったそうだ。

在日の人たちにたいして、当時差別意識を持っていた京都人にとって、その状況は理解しがたいものらしかった。父曰く「北の方から新しくきた先生は、ものすごく驚いていた」らしい。
東九条に住んでいた人たちにとって日本人と在日の人たちが同じ空間にいることは当たり前のことだったが、それでも父の親は子供たちを中学からは私立に行かせた。父の同級生のほとんどがそうだったらしい。


そう。

父は、部落地区には住んで「いなかった」のである。

というよりも、東九条のあの一帯に在日の人たちが集まっていただけであると思う。

今を生きる若者にとっては、別にそんなこと気にしない。日本人であろうが在日の人であろうが。余談だが、小学校の時の私の学年の4分の1は在日2世3世だった。当たり前の環境にいたから、別にそれが変なことだとは思わない。同級生は同級生で、友達は友達だ。


だが、根っからの京都人はそう思っていない。

祖母世代の親戚たちには、差別意識がある。


九条周辺の河原町と鴨川の間は通ってはいけない(しかし、ここには父の元住んでいた工場があった。今は駐車場になっているが。)
七条のどこそこ、竹田のどこそこ、向島のどこそこ。


その地域の話をすると、一瞬顔が曇る。


京都に住む人たちにはまだ、差別意識が根強く残っている。



中学に入って、道徳の時間に「部落問題」がテーマになったことがあった。

ビデオを観て、先生が「部落」とはなんなのかを話してくれはった。


そこらへんから、竹田の一部が部落なのだ、ということを知った。


竹田学区が通う中学校は何故か綺麗で。
その綺麗な中学には、優秀な先生がたくさんいて。
あの地区の施設は何もかも綺麗で。

そういったことがすべて「あそこは部落地区だから」の一言ですまされてしまう。


なんだか違わないか?


京都府は、全国に先立って地区改良事業を行い、同和対策事業特別措置を行った。その中に部落地区出身者の優先公務員採用制度なんかがあったりするのは、京都に住む人たちにとって周知の事実だ。


なんか違わないか?


子供心に疑問に思うことは、誰でもが疑問に思ってきたことで。

それを「部落」だから、の一言ですましてしまうのは、おかしいんじゃないだろうか。



歴史を隠さず、ちゃんと見つめ、自分たちがおこなってきたことを認識しそれを後世に伝えていかなければならないのではないだろうか。

戦争にしても部落問題にしても。


過去にあったことを美化するのではなく、事実として受け止め、それから自分で「考える」ことをしなければならない、と私は思う。



あなたのご意見ご感想を是非、コメントしてください。
posted by sayu at 04:36| 京都 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年05月10日

ぶっちゃけさ〜

時が解決することもあるわけですよ。

別れた好きだった人と全く連絡をとらずにいて、ふと半年後に出会ったりして普通にしゃべれたりするようにね。


すべての物事にはタイミングってものがあって、それがうまいこと合うと物事はひょいひょいと進んでいくものなんだ。

うまいこと合わないとがんじがらめになって悪い方向へ進んでいく。


ただ、時が、タイミングが原因ということだけでこじれたコトってのは、時間が解決してくれることも多いのさ。



ただ、一度感じたこと、思ったことってのが消え去ることはない。

今までの関係とこれからの関係は違うわけで、今までの関係をごちゃごちゃ言うんだったら、これからのこと考えろ。


「誰か」のために自分のやりたいことを阻まれるなんて馬鹿らしすぎるよ。
posted by sayu at 15:08| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月28日

みどり

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新緑の季節。

予想はしていたけど4限休講…
うちのコースの先生の授業だし。
今日は全員いはれへんのやろな…

通学途中に通過した興戸、長瀬、国分、そして大教。

今はただ祈ることしかできない…


やるせないね…
posted by sayu at 14:28| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月11日

パッチギ!+α-station

アマチュアミュージック&ダンスフェスタ2005 LIVE KIDS(ライブキッズ)Vol.15に関してはコチラ→ライブキッズ公式HP
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9日のお話ですが、水曜日はレディースデイということで、映画「パッチギ!」を観に行きました☆

久々に、観たいなぁ言うてて、観に行けて良かった☆

なっかなか行けなかったですからねぇ。。。映画。。。

前観に行ったんわ。。。アイ・ロボットかな。。誰も知らない、よりかは後やったハズやし。


いや〜。パッチギ!。

京都が舞台なんですが、もう出てくるシーン毎に、ココあっこや!!!って感じで(笑

しかも、その日は家からチャリで四条まで出たんで、途中通ってきた道やったりしてね(笑

東九条がまぁ舞台になっとったんで、結構知ってるトコやったんで、あっこでロケ行われたんかぁ、、、と思うとなんか嬉しいですね(笑

まぁでも、京都の中では未だに「部落」問題が残っていて、これから京都を担っていくウチらとしては、そこらへんの問題を早くどうにかしていかんとあかんトコやとは思ってます。

大阪では「部落」、京都では「同和地区」。言葉を変えたって所詮意味は同じ。

小学生の時に「同和」地区の話されたけど、訳わからず、、な思い出。
中学生の時に「部落」の話(というかビデオ)見て、んー?、、な思い出。

親にリアルな話を聞いて、初めて納得。

今でも、ウチの親世代より上の人には偏見や差別意識が残ってる。

今の若者世代にはそこまで差別意識なんてのがあるようには見えないけど、それは今までの歴史を教えられてないだけなのかもしれない。

「知らない」まま終わらすのではなくて、「知った」上で終わらせないと、またいつ偏見や差別意識が生まれるかわからない。

ウチの学校では部落問題概論なんていう授業があって、教職免許とる学生は絶対とらなあかん授業なんだけども、ウチはとらない人なので、まだとってない。

3回生になったら、とれるかなぁ、、って感じなので、とろうかなと思ってます。


で、まぁ、話はそれてしまったけど、パッチギ!はオススメです。うん。ほんまに。

考えさせられるし、涙するんだけど、笑いの要素が要所要所に含まれてて、どこがイイ!とは言えないんだけど、良いんです!!

一度観てみてくださいね☆

ただ、最後のシーンがどこ使われたかだけわからなかったんですね・・・。


で、映画観たあとは、ちょっとカラオケ行って、LKスタッフのあいちゃんと一緒に新風館にプロモしに行って、同志社の学生会館にポスターを微妙に貼って、そのままチャリで北大路に行って、も一人合流して、北山のα-stationまで行きました。

この日、ライブキッズの当日の司会をしてくださる、長田和彦さんへのインタビューが予定されていて、しかも、αで流れるライブキッズのCMにスタッフの声をいれてくださることになっていました。

長田さんにインタビューして、αのスタジオにてレコーディング(?!)。

いやぁ、あんな経験あんまできひんって!!

貴重な体験させていただきました。

ライブキッズのCMはおそらく来週くらいからαでちょこちょこ流れると思います☆

ウチの声もばっちし入ってますんでお聞きのがしなく☆


で、帰り、みんなでラーメン食べて、下鴨中通りを南下しようと、ふと府立資料館の前を通ったら、、、、、、、

ここや!!!!!!!!!!!!!!!!!


パッチギ!の最後のシーンは府立資料館やったっていう。

「畳」の看板もあったし(笑)


いやぁ、、最後の最後までなんかつながってた一日って感じでした(笑
posted by sayu at 02:57| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月25日

性犯罪者の情報開示。

アマチュアミュージック&ダンスフェスタ2005 LIVE KIDS(ライブキッズ)Vol.15に関してはコチラ→ライブキッズ公式HP

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なんというか、これもまたうやむやになったまま、実施されることになりそうですね。

性犯罪は女性として人間として許せないと思うし、あってはならないことだと思う。

ただ、性犯罪者についてだけで終わるのかな、、、と不安も残る。

もし、性犯罪者についての情報開示が行われ、しかもその理由というのが「再犯率」が高いから、と。

もしも、「再犯率」やらなんやらで理由付けされるとしたら、いわゆる「精神病者」なんかもターゲットになりうる話なんじゃないでしょうか?

鬱の人は自殺の再犯率が高いし、統合失調症の人は犯罪の再犯率も病気じゃない人より高い。


なんかもっとこう他のやり方があるんじゃないかな、と思ってしまう。

情報開示が警察だけにだったとしても、警察官も所詮人間。

どうもれていくかわからない。


カウンセリングや、精神病と同じく「薬」で何かしら緩和されるのだとしたら、そっちに力を注ぐべきなんじゃないだろうか。


情報公開して村八分にするなんて、この国は過去へと逆行していく気なんだろうか。

いや、昔よりタチが悪いかもしれない。

昔は村や町は密につながった場所だった。

今や隣の家に住んでる人の顔も知らないのが当たり前。

そんな状態だから知らないうちに村八分、なんてことが日常茶飯事に起こりうるのかもしれない。
posted by sayu at 12:27| 京都 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月19日

嫌い。


嘘。


嘘つき。


嘘をつく人。


嘘を平気でつける人。



わかるよね?
posted by sayu at 11:45| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月18日

生きるということ 2

先日、親戚のおじさんが亡くなられた。


ウチ自身、「死」というものが理解できない。

物心ついてから3人の人の死と向き合ったけどもピンと来ない。

死というものはいつか人間が迎えるもの。

小学生のとき無性に死が恐かったことがある。

でも死がどんなものなのかわからない。

身近な人や大切な人の死を迎えればわかるのだろうか。



お通夜の席、祖母と一緒にずっといた。

おじさんが亡くなったことよりも哀しくなった。

祖母はアルツハイマーで、父と母と父の妹(つまり叔母さん)しか、もうわからない。ウチら孫連中は「写真の中の人(祖母の家にはいたるところに写真がある)」だ。

子供のときから嫁ぐ前まで一緒に過ごした兄弟、病気にかかるまで仲良くしていた友達、ほとんどわからない。

年末の法事の時やお通夜の時、いろんな人が祖母のところに来てくれはった。祖母はにこにこしながらわからないまま「御無沙汰してます」と言う。

おそらく顔は覚えているのだろう。ただ名前と顔が一致しない。


人に忘れられることも哀しいけれど、人を忘れることもまた哀しい。

そのことにまた泣きそうになった。


ヒトは忘れられる恐怖と忘れる恐怖を抱きながら毎日を生きている。
posted by sayu at 14:18| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月20日

制服化絶対反対!!!!!

http://www.ritsumei.ac.jp/fkc/school/seifuku/seifuku.html

我が母校のRits中学校が制服化されるらしい。。。

あかんって!!!絶対反対!!!


うちらの頃も制服はあったっちゃーあったけど、ブレザーとカッターシャツとポロシャツとネクタイ、しか指定されてなかった。

普段はネクタイなしで良くてポロシャツで良かった。行事とかのときだけ正装せんとあかんくて、カッターにネクタイ、って格好やった。

下はズボンでもスカートでも良かった。だからこの学校選んだってところも大きかった。

ウチは制服で学校選んだからなぁ。。。

だってブレザーにネクタイって格好良かったし、しかもスカートはかんでもいいってところも魅力的やった。

やから、ジーパンにブレザーっていう、うちの中学では当たり前やったけども周りから見ると珍妙な格好もできた。


そういう「自由」があった。


それがや!!!

制服なんか作ったらまた一つ「自由」が奪われてしまう。。。


Rits中学校が制服化される、っていうのは、かてきょ先の子が高島屋とかである学校説明会で聞いてきてて知ってたけども、次の年からやとは思わへんかった・・・。


まぁ、でも、学校側が制服化したいっていう気持ちもわからんでもない。

今のRitsu中学校の、特に女の子。
一部の子を除いて、ほとんどがチェックのスカートにどこぞで買ってきたリボンをしたりネクタイをしたり。

おんなしような格好するんやったら、みんな同じスカートにしようや、って思うのも無理はない。。。

でも、一部の子が可哀相だよね。
ウチみたいに、ズボンで学校行ける、っていうので受験してくる子もおるんやったかもしれんのに。

これじゃぁ、ますますD志社に生徒流れる、ってーの(苦笑


Rits中学、高校の自由さってのは年々失われてるような気がする。

これから入ってくる子、今在学してる子にはわからないことかもしれないけど、卒業して中学・高校と自由にのんびりとやらせてもらったことを実感してるウチからすると、今の中高はものすごく息苦しく感じる・・・。
posted by sayu at 23:54| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月03日

中途半端と甘えと現実。

私は今LIVE KIDSとWACCORDっていう二つの活動に関わっています。

でも、LIVE KIDSでヘッドチーフになったこともあり、WACCORDの活動にはほとんど参加できてないのが現状です。

WACCORDというプロジェクトの中には、らうんどあいず京都、Ad-o-Ad CLUB、フォーエバー委員会という3つのプロジェクトがあって、ウチはAd-o-Ad CLUBに関わっています。

Ad-o-Ad CLUBは市政の広報をカッコよくしよう、っていうのがスローガンで実際今、京都市文化市民局勤労福祉青少年課のHPを改装中だったりします。

なまじHP作りの技術はあるけれど、もう一人HP作りの技術をもつデザイナーのメンバーもいたりして、実質そのHPをつくったのはウチではないその人がつくらはりました。

Ad-o-Ad CLUBでウチは先頭切って仕切っていこうなんてのはなくて、とりあえずインターンとして関わっているメンバーに任せてみようと思って、あまり何も言わずずっと見てました。

Ad-o-Ad CLUBのメンバー中3人がらうんどあいず京都に関わっていることもあって、9月中に仕上げようと言っていたHP作成は12月までずれ込んでいます。

ウチが口出ししてたらここまで遅くはならんかったんやろか、とか、デザイナーなメンバーとちゃんと連絡をとっていたらどちらの役割もちゃんと把握できたし一方に任せる、ということにもならなかったんだろうか、とか、何よりも、ウチ自身が青少年課のHP作成に中途半端だったことが一番許せないんですね。

自分自身がホントに許せないです。

ウチのあかんところは、技能・技術力のすみわけを頭では理解していてもまだ納得できてないところがあるところです。

映像にしても、映像作成のセンスがあったり技術がある人にまかせたらいい。

WEBデザインにしても、WEBデザイナーやWEBデザイナー志望の人にまかせたらいい。

そういったことがまだ未だにできないんです。


だから、なまじ技術力だけはあるから、自分だけでやってしまおうとする。

でも、頭のどこかで「これは本業じゃないし」みたいなところがあって、詰めが甘くなる。

実際去年LIVE KIDSで映像制作に関わったけども、ちょっとでも心の中で甘えがあった作品にたいしては、ものすごいダメだしくらいました。当たり前ですが。
でも、「これは自分で作りたい、つくらなあかん!」っていう風になったものには、細かいところは指摘されたけども、ほとんどダメだしされなかった。


こういう中途半端な事しかできない自分がものすごい情けない。嫌だ。


で、Ad-o-Ad CLUBでの活動に対しても、中途半端になってることから、「別にいいや」みたいな感じになってました。

そしたら、今日Ad-o-Ad CLUBのメンバーの一人から電話もらったんですね。

その人とはウチが高2の時からのつきあいで、WACCORDの前段階の時からずっとお世話かけてました。

その電話の内容はというと、Ad-o-Ad CLUBに関するメールとか来てるか〜っていう確認の電話でした。


そして、

「お前がすねてるんちゃうかな、って思って」

と。


なんか的確に言い当てられてしまって、「そんなことない」って言ったけども、

一人でスネてたんだよね。。。


こういう風に気付かせてくれたHさんには今ホントに感謝してます。

普段はね、憎まれ口たたいて、やりあってるんだけど、ホントは尊敬してます。ちゃんと人のこと、ウチのこと見てくれてるから。

本人には面と向かって言えないから、ココで。



とりあえず、甘えない。

自分自身が納得するものをつくりだしたい。

そう思う。
posted by sayu at 01:18| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月24日

記憶力が優れて超人?

なんか、今テレビ番組で、記憶力についてを延々とやってますね。。。

記憶力すげー人っていますよね、うん。

でもですね。

カレンダー10万年分覚えていたり、天気覚えてたり、円周率5万桁覚えてたり。

すごいよ。うん、すごい。

すごいんだけど。

それが脳が活発に働いてるからだとか、使われてない部分が働いてるからだとか、ココの海馬がどうのこうの、とか。


それがどうした?


って感じです。


カレンダー覚えてる人が自閉の人やったり、天気覚えてる人がボール頭にぶつけた人やったり。


記憶力がいいこと、ってのは、何かにつながるんですかね?

テストに役立つ?試験に役立つ?外国語話せるようになる?


もし、すべてのものごとを記憶できるようになったとしたら。

これって、かなり恐ろしいですよね。

何もかも忘れられない。全部覚えてるなんて。

おそろしくないですか?


「どうにもならないことは、忘れることが幸福だ」(ドイツのことわざ)

いつまでも忘れられないということは、一歩前に進めない、ってことではないですか?



番組のテロップには「超人になれる」と。

「超人」ってことは、人を超えるってことですよね。

人じゃなくなるってことですよね。


進化することは自然なことだけども、今まで進化してきた生物は自分自身が進化してきただなんて認識しなかっただろうし、自分が進化した生物であることなんて、考えもしなかったでしょうね。

もし、人が記憶力を確かなモノにし、すべてのことを記憶できるようになり、そういう「人間」に進化したならば、その「人間」は「超人」ではなく、「新たな人間」であるだけでしょ。


もし、自閉やアスペルガーと呼ばれる症状を持つ人たちを「超人」というのであれば、まさしく、彼らが「人間の進化した先の、新たなヒト」ということになりえるんですよね。


はてさて、記憶力が優れていることが「超人」といえるのでしょうか。



私は、記憶なんて曖昧なほうがいい。

忘れないことが次につながることもちゃんと知ってる。

でも、忘れることが次につながることだってある。

それに、「人」は忘れる生き物だから、自分の記憶を残しておくために今の文化や文明が発達していったんじゃないかな、と思う。
posted by sayu at 02:47| 京都 | Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月11日

生きてくこと。

みんな必死なんだ。

みんな迷ってるんだ。

みんなわからないんだ。


どうやったら自分が此処にいることがわかるのか。

他人の心に映し出された自分を見る度にほっとする。



いた。ワタシハココニイル。



生きてくことは、他人との共存だ。
posted by sayu at 00:00| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月10日

生きてくこと。

生きてくことは、参加すること。

この世界に、この日常に。

参加する努力を怠ったことを、他人のせいにはしたくない。

でも、たださしのべてほしい、他人の手。
posted by sayu at 00:00| 京都 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月27日

地震とその後3

災害にあった人へ、今の自分ができること。

「情報収集」と「情報分析」

この二つを行わずに行動をとると、その行動が迷惑となることもありうる。


新潟の被災者の方に何ができるか。

情報収集の方法に、現地から今現在情報発信されている情報を受け取ることがある。


新潟中越地震「現地発」情報 地域別整理blog
http://blog.livedoor.jp/taroatwork/

新潟震災ボランティア日記*あなたにもできるネット支援
http://helpme.ameblo.jp/?bid=helpme

山古志村緊急BLOG
http://soiga.com/adg/

kitajan.net
http://kitajan.net/

新潟中越地区地震緊急掲示板
http://blog.goo.ne.jp/sebaweb/

などなど

一つのBLOGへ行けば今あげた以外のBLOGなりHPなりにリンクされている。


こうした被災地域からの生の情報というのは、支援する側にとってもありがたい。

また、支援される側としての要望なども書いてあるので、支援しやすい。


今から現地へ向かおうとしていたり、物資を送ろうと思ったりしている人は、一度上のサイトを一読願いたい。

行くだけ、送るだけ、が支援の方法じゃないよ。


こういうことを考えると、お金(money)が一番役立つんだろうな、と思う。

お金を媒体にすることが、支援する側もされる側も一番トラブルが少ない、、のかも。



で、行ったみたいですね。変人さん。
ニュースで見たかぎり、何をしにいったかわからない。

被災地視察なんかする前に、もっと他のことをしろよ。
posted by sayu at 21:46| 京都 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめに語る | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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